風に吹かれて

~愛すべきこの街に誰が沈めたというのだろう~

TVガイドPERSON vol.107

どどどおぉ〜ん!

「絵画」のような表紙からも伝わってくる言葉の数々。

その全て追ったら営業妨害になるので、いつも通り「私目線」の感想を。ヤスくんのリアルを知りたい方は、雑誌購入をオススメする。

 

繊細な人だから調整が難しい。でもビシッとハマるときがある。

これはヤスくんが演じるゴッホ像。それを追求していく過程を、音作りみたいに説明していたのが面白い。

役を演じることで、引き出しが増え、心が豊かになり、それを誰かに渡すことで、その誰かが豊かになり、それがまた自分の幸せに変わる、と語るヤスくん。

今私界隈で注目の的、幸せのぐるぐるシステムだ!

そんな私の舞台歴は、小学校の学芸会で演じる予定だった幻の妖精役。あのときは、ヤスくんのように「役を自分にインストール」できず、好き勝手に舞台上を爆走した結果「妖精は爆走しません」という先生の一言でお役御免に(笑)

だから、憑依型ヤスくんの「役を自分にインストール」が、具体的にどういう過程を経ていくのか、正確に理解するのは難しい。でも、憑依した人に憑依できる(気がする)舞台観劇は、お役御免になった私のささやかな楽しみなのだ。

   

装飾はなくし、裸になって戦う方が人間らしい。

全編サングラスを外して舞台に上がる理由、舞台とは関係なくピアスを外した理由 、などを語っていた。多くの目が見守っている。心のままに戦えばいいと思う。

ヤスくんが語る装飾は、ピアスのような目に見えるものだけではないのだろう。それは、本人が自覚することも、第三者が見抜くことも難しい「心の装飾」とでもいうべきか。「心の装飾」を取り払うには、彼のように段階を踏んだ丁寧な作業が必要になりそうだ。

 

元々持っているものが成熟して肩の荷が下りたという感覚。

ヤスくん自身は何も変わっていないらしい。ということは、成熟することで「心の装飾」がなくなり、肩の荷が下りたということか。でも、そこは終着点ではない。この先も想像がつかないところを進んでいくし、いつどうなるかは誰にもわからない。

それが「生きること」だと、腹を括っていそうだ。

私がヤスくんくらいの年齢のとき、肩の荷が下りたというよりも「抜けた!」と感じた瞬間があった。それは、会社のエレベーターで地上に向かって急降下していたときのこと。今でもはっきりと覚えている不思議体験だ。

今思い返してみると、私の肩の荷の正体は「心の装飾」を生み出したと思われる「欲」だったと、ヤスくんの言葉で今頃気づく。今も決して無欲とは言えないけど「欲」の大元を探り、修正するくらいの経験値はある…はず(笑)

 

表紙もインタビュー記事ももちろんだが、程よく差し込まれている「絵画」のようなヤスくんが、関ジャニ∞ファン歴の中で一番の美しさだった。この瞳の輝きが、笑い皺が、道標になりますように。

 

今年37歳になるヤスくん。ここからもっと面白くなると思うよ。

 

おしまい