風に吹かれて

~愛すべきこの街に誰が沈めたというのだろう~

窮鼠はチーズの夢を見る

続いてはこちら。

R15指定作品の公開日お知らせがきた。

10年以上も前に涙目で訴えてくる友人の勢いに負けて原作を読んだ。ストーリーをあまりよく覚えていないが、主人公がどうしようもないくらい優柔不断だったという記憶は薄らと残っている。

その後このジャンルにハマったかというと、自称少年ジャンプ派で「銀魂」を愛読していた私には、残念ながらご縁がなかった。

今現在あの頃のブームが続いているのかどうかはわからないが、このジャンルは平安時代の大御所腐女子たちから脈々と受け継がれてきた立派な芸術なのだ…たぶん…。

時は流れ令和の時代にこの題材を扱うというのは、ブームになったあの頃と、ましてや雅な平安時代とは、意味合いが大きく違ってくるのだろう。

ファンタジーも何もなく現実…ただただ現実

旦那が恭一だったら、もっと踏み込んで私が恭子だったら(誰)この現実をどんな感情で受け止めるのだろうか。

 

いきなり話は変わるが…

つい先日、二組の新星がデビューした。それはそれは見事なスタートだった。でも彼らの多くは、ジュニア時代が長く、デビューする仲間を何度も見送ってきた人たち。アイドル特有の輝きの奥に見え隠れする「何か」に、新しい時代の到来を感じた。

(言葉が思い浮かばなくて「何か」で誤魔化す日々)

事務所が本気出したら怖いな(笑)

関ジャニ∞は、既に彼らとは局面が違うのだと思う。より社会的な役割が求められる中で、その役割を担いながら個やグループの芸を極めていく局面というべきか。その役割を担っているからこそ個やグループの芸が極まっていく局面というべきか。

(仕事を長く続けていくには経済性社会性個人性のバランスが大切…とある本から拝借)

実際それぞれが新しい役割を担いつつある。ヤスくん個人の表立った活動はまだ見えていないが、彼がグループの音楽面をリードしていくだろうし、音楽で活躍する場もあるような気がする。今は水面下で何かが動いているに違いないと思っている。

なんか今年は自分の転機になる年になりそうだ。何となくそんな気がしている。

くらすます筆者によると「特に理由はない」ということだが、6月5日から上映される「窮鼠はチーズの夢を見る」に手ごたえを感じているのかもしれない。

楽しみにしている。

 

おしまい